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2007/02/01

冬の夜を越えたら

冬の澄み切った空気は、個人的に好きだ。晴れた日の夜なんかは、星も月も鮮明に見えるので夜の散歩にはうってつけだ。体がなまった時とかは、外で練習したりもしている。ああ、健全だ。

しかし、基本形態は引き篭もり気味な己でしたよorz
なんというか、健全さと不健全さがアンバランスだ。折角、体動かしてるなら徹底的に健全ライフを送ればよいものを、何故か不肖は突発的に没落したりする。うまい具合に日々がローテーションしてないのが、変な感じだ。日常パートが無いゲームみたいな。陵辱シーンと銃撃戦、カタストロフとハレルヤなエロゲみたいな。

時には体を動かすのもよいと思って、夜の公園に稽古しにいくまでは健全なんだ。
さて、汗流して帰ってくる。とりあえずテレビ埼玉にチャンネルを合わせて深夜アニメを見る。クールダウンして就寝するべきだと頭では分かっていても、体が受け付けない。更に、何故だかエロゲまで始めだす。『体の方は正直だな』、という巷の通説は正しかった模様。神経物質次第では疲労も疲労とは認識されぬらしい。時間の感覚もぶっ飛ぶ。いや、逆にある程度、体の代謝を活発にするとこんな感じになるのだろうか。そういえば、程よく汗をかいた状態で「おにいちゃん」という音声が耳に入ると、何故か三割り増しに甘酸っぱく感じられるような気がせんでもない。否、それは汗が口に入っただけかもしれん。なんかもう、どっちでも大差ない。

しかし、情動赴くままに夜を越えていくと、絶望の朝にぶち当たる。東の空が白み始めた頃、突然体が鉛のよう重くなり、頭が朦朧としてきて眠りに堕ちていく感覚は何度経験しても慣れない。目覚ましTVの大塚さんの顔を見ながら、視界から光が消えていくのは、とても健全とはいえぬ。大塚さんの顔が仏に見える。また表現にこだわるのなら、発情期の野生獣が幾多のライバルと障害を乗り越えついに種の存続という使命を全うし、冬の大自然の中で事切れる映像が想像されるような感覚だ。一体何なんだ。

とりあえず、習慣というものが半壊しているのは確かだろう。建設的でないとも言う。変に健全、不健全気にするのがいけないのだろうか。純粋な健全さなんて多分無いだろうし、人間は清濁の両義的存在だとか言いながらマターリした方がいいのだろう。

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コメント

>発情期の野生獣が幾多のライバルと障害を乗り越えついに種の存続という使命を全うし、冬の大自然の中で事切れる映像が想像されるような感覚

しかしそれは幻覚で指命を全くこなせていないのですよね。不健全だから

……下ネタで失礼

投稿: kome | 2007/02/13 18:15

すまねえ、俺の二億匹n(以下自粛)

いや本当に 死して屍拾うもの無し・・・
下宿六畳で完結した生命体か・・・・末期だなorz


・・・引き続き下ネタですまぬ

投稿: ネ右 | 2007/02/14 04:24

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