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2018/07/12

Summer Pockets  レビュー

 -眩しさだけは、忘れなかった。


 2018年6月末、少しずつ暑くなってきて夏の始まりを感じさせるそんな季節に発売された『Summer Pockets』をプレイ。フルプライスのゲームをプレイするのもこうやって感想を書くのも物凄くご無沙汰で己の不徳と無精を恥じ入るばかりだけれど、やはり感想は記しておきたいと思う。

 思うに『Summer Pockets』、制作発表した時からかなり身構えた記憶があり、その部分を含めてプレイ後振り返ってみると感慨深いので前置きとして書いておきたい。『Summer Pockets』は、『Rewrite』、さらにアニメからのゲーム化である『Angel Beats!』から初めての完全新作のフルプライスゲームであった。加えて元SAGAPLANETS所属の新島夕氏をメインに据えて新しい風を吹き込まんとするこのニュータイトル、心が躍らぬはずはない。だが一方で不安感もかなりあったように思う。主に二点。

 まず、キービジュアルからして過去作の『AIR』を想起してしまう点。「夏の日差し」、「田舎町の海辺」、「独りで海を見つめる少女」・・・否応なく頭の中で「夏影」のイントロが流れ出してしまう。無論事前のインタビューで『AIR』とは異なる方向性で作られていると聞いていたものの、過去に与えられた印象は拭い去りがたい。もはや刺激を受けただけで唾液ならず涙を流してしまうようなパブロフの犬なのではないか、と思うくらいに根強い。それはあまりにも愚かである。このままだと『AIR』を物差しにして見てしまうのではないか、また期待が大きすぎて直視できないのではないか、という不安。

 また、一方で制作体制の不安点。直近だと『Rewrite』はこれまでのKeyゲームと違う体制で作られた作品で、Keyゲーのテイストを散りばめつつ長大な物語を紡いだ意欲作であった。ただ、その反面作品全体の地盤がゆるく感じられ、ライターの個性ぶつかり合いとかルート間の調整とかかなり不安定な印象が残ってしまった。今回の『Summer Pockets』も、企画の方向性としては『Rewrite』を思い起こさせるもので、また何か新しい見方を与えてくれるのではという期待の一方、また同じような弱みを晒してしまうのではないかと不安に思った。

 しかし、全ては杞憂であった。こんなじめじめした不安や、不必要な身構えを軽々ぶっ飛ばしてくれた作品はあまり例をみない。そう思わずにはいられない。以下に雑感を記す。

 ここから先はネタばれ全開なので注意。あと長文注意。クリア済、コンプした人のみ閲覧推奨。もしくは四天王スクワット使い、声優の田中あいみさんに幼女ボイスで「ちゃーはぁん!」と言って欲しい人も可。

・紬ヴェンダース

 金髪ツインテ年下小動物系後輩です。ものすごく好みだったので真っ先にクリア。そして、為すすべなく膝から崩れ落ちる。この衝撃が『Summer Pockets』のほんの始まりでしかないことを、この時はまだ知らない。

 とにかくこのルートは紬と静久先輩と三人が過ごす夏休みが楽しすぎた。それに尽きる。そして、その中で紬の正体や彼女が担っている運命を誰も追及しようとはしない。ただ、夏休みを全力を楽しむ、やりたいことを見つけて楽しむ、その姿勢はあまりにも真っすぐ過ぎて眩しい。

 恐らく、Keyのゲームや泣きゲーをよくされる方には中盤で紬の正体や起こるであろう展開はおおよそ見当がつくものではないかと思う。そして、それは実際に的中するだろう。でも、そんなこともお構いなくド直球でくるため、まさに予測可能回避不可能。特に最後の一週間、人生の色々なイベントを詰め込んでいくあの疾走感。特別な夏休みの時間がさらに濃密に特別になっていく圧縮感。そして、最高潮に達したところでのお別れ。無理です無理です、これはあまりにも卑怯すぎる。エンドロールを見た後、虚脱状態になってそれから三日くらい頭の中で「紬の夏休み」の歌がループし続けた。むぎゅむぎゅむぎゅむぎゅぎゅーぎゅー

 余談ではあるが、紬ルートといえばおっぱいである。おっぱい星人・静久先輩ことおっぱい先輩は出てくるだけで周囲が『Rewrite』のおっぱいルートの様相を呈し、一つの会話ウィンドウに狂気のおっぱいワード三連打という荒業をやってのける尊敬すべきおっぱいさんである。が、そのあまりにも強い個性にルート自体が引っ張られてネタルートになってしまうのではないか、そんな不安も感じた。が蓋を開ければそうならなかった、のみならず素晴らしい思い出をくれたのはやはり奇跡というべきだと思う。静久先輩のキャラクター、さらに紬たち三人の関係のバランスが素晴らしいと言わざるを得ない。まるで、張りを保つクーパー靭帯のように。しかし、よくよく考えるとおっぱいは伏線ではなかったか。紬の正体はプレイした人には言わずもがなではあるが、その中で紬が枕の綿を豊胸のために詰めるハートフルなシーンがある。結果は「不自然に胸周りがごわごわになって」おしまいなのであるが、それは「本体である中身に綿を詰めるから」なんではないか。口にはせずとも、紬の正体や運命が暗示されていたのではないか。畢竟、このおっぱい豊胸のくだりは紬の基本的には成長することのないという運命を暗示している、だがそれはうまく調整さえすれば人知を超えたエクステンドも可能ということの裏返しでもある・・・・!そんな風に希望の双丘が見えてこないだろうか。やはり、おっぱいは乳腺だったのだ。


・久島鴎

 ふたりめ。パッケージや販促で一番目についた娘。廃線路で大きなスーツを引いている姿がすごくノスタルジックで、大層興味をそそられた。

 この鴎ルートは非常に巧妙に仕掛けられた構成がニクい。紬ルート同様、ある程度先の展開が読めるようになっている。どこかで見たことがあるが故に、察することができる。例えば、共通ルートで鴎と出会うシーン、海に落ちたときスーツケースに「ひげねこ団」のシンボルを見つける一幕がある。その時、それを見て羽依里は「見覚えがある、でも島に来たことがないし会ったこともないからアニメかなにかで見たのだろう」とこぼす。もうこれは「実は島に来たことがあって、鴎と幼い頃冒険して約束とかしちゃった」という展開の前振りにしか見えないように思える。加えて、昔冒険した洞窟は進入禁止になっているという情報が流れてくる。これは素直に考えると、「洞窟で鴎の身に何か不穏なことが起こったのではないか」となるだろう。事実、そのようなシナリオはKeyに親しみがある人ならば誰もが知っている。しかし、これは完全なミスリードで、実は鴎や仲間たちと共有した過去などなく、さらにその元となったアイデアは鴎の母が書いた小説であることが明らかになる。シンボルマークは本当に「アニメかなにか見たもの」でしかなく、夏の日の冒険の記憶は虚構、加えて現在の鴎は遥か遠くの地でただ夢を見続けている。まさに三重に隔てられた幻想。だがそれにも関わらず、というかその幻想に結び付けられ出会って恋をするという展開のニクいことニクいこと。人と人を出会わせるのは「現実になかったけど何故か懐かしく思える夏休みの思い出」、という構図は実は後々のグランドルートの反響かもしれない。

 過去作へのノスタルジーを手に取り、皆が持っている「実はありそうでなかった夏休みの冒険物語」を結び付けて、ひと夏の出会いに落とし込むイリュージョン。素晴らしかった。


・空門蒼

 一緒にキムチラーメンを食べたい、そんなタクティクスガールかと予想していたが全く違った。実はむっつり耳年増系ガール。

 サンプルCGを見るに恐らく重要な設定に関わっているキャラクターと想像していたがその通りであった。このルートの「七影蝶」の説明によって作品全体の見取り図がかなり取り易くなっている。神秘的な樹木である「迷い橘」も出てきて本格的に謎や深部に触れつつあるという予感を起こさせる。特に『Summer Pockets』は後半SF的な要素が強くなり時間を跳躍して話が広がっていく為、基本的な骨組みの提示はどうしても必要であったと思われる。ただ、それにしても中盤にかけて説明的になり過ぎたのは残念ではあった。恐らく一番目か二番目くらいにやるとしっくりくるのではないだろうか。また、フルコンプした後再プレイするとまた印象が変わってくるように思う。存在が消えかかっていたり、覚めない眠りにさらわれようとしていたり、何かを失いつつある彼女たちが大切な誰かの為に奔走する物語は力強くも儚い。

 あと、藍お姉ちゃんが凄くかわいい。しかし、よくあるこの業界の双子のジンクスというべきか、片方しか攻略できないという悲しさ。もし、『Summer Pockets アバンチュール』が出るのなら是非攻略したい。させてください。罵倒されたい。ただ、妹譲りのちょろ具合を小匙一杯くらい残した感じでお願いします。


・鳴瀬しろは

 個別ルート最後の一人。プレイ前に絶対最後に回すと決めていた。実際、最後にプレイしてよかったと思う。

 やはり、ヒロイン四人の中では個人的嗜好の大きい紬を除けば一番愛着がある娘である。事前情報だと「海を見続ける神秘的な少女」と紹介されこれはクール系かと思うと全くそうではなく、かといってキャラのイメージが過剰に崩壊してネタになるのでもない。絶妙な距離感で親しみを覚える娘であった。最初は絵画になりそうな「海を見つめる少女」であったのが、進めていくと「駄菓子屋を見つめる少女」となり、物欲しそうにスイカバーを眺めてる姿になる辺りがとても彼女らしい。個別のラストでの羽依里とのひと時の別れも、ちょっと間が抜けているようで個別での締めくくりにはぴったりだった。また、時を巡って辿り着いたエピローグには、また「海を見つめる少女」の一枚絵が出てくるがその時の意味がはじめとは変わっているというのがまた好き。

 あと「周囲から孤立している」という事前情報から、きっとふたりで心を通わせていくようなシナリオを想像していたのだけど全くの逆の印象であった。それも無意識に『AIR』の色眼鏡で見てしまったからしれない。みんなでわいわいやる展開では個別では一番賑やかで楽しい。孤独を甘受し一歩引いたところでみなを見ていた彼女が、戸惑いながらも次第に打ち解けていく姿は本当に尊い。やがて羽依里と恋に落ち、続く「ALKA TALE」ではついには母になる。独り海を見続けていた少女が歩きはじめた軌跡、『Summer Pockets』の柱のひとつは不器用ながらも進み続けるしろはの物語なのだろう。

 一方では『Summer Pockets』の鍵を握るしろはの呪われた力が明らかになる。何故、しろはが「夏休みを忘れた少女」と銘打たれているのか、その一辺が垣間見えるがほんの入り口に立っているに過ぎない。彼女が更に前に進み続ける為には、ひとりの少女と出会わなければならない。


・「ALKA TALE」、「Pocket」

 本作のグランドルート。個別をやっていた時は、グランドルートは羽依里としろはのアフターストーリーかもしくは加藤のおばあちゃんの時代の物語を予想していた。しかし、ここから共に呪われた力を持つ母と娘の物語にシフトチェンジしていく。この舵の切りようである。

 「ALKA TALE」、「Pocket」は、ラストシーンやクライマックスシーンが心を打った、というよりはワンシーンごとに連続して打ちのめされたように思う。本当にしろはと羽依里と遊ぶうみが楽しそうで、それでいてうみに待ち受けている運命も分かってしまうというのがもう駄目だ。特にうみと、個別ルートの3人が順々に遊んでいくシーンは普通の日常の一コマなのに泣けてくる。鴎は自分の為の物語だけではなく誰かの為の物語作りに力を貸してくれるし、蒼は七影蝶ではない蝶の捕まえ方を教えてくれる、紬は夏休みの思い出の詰まった歌をみんなと一緒に歌う。それぞれの夏休みの思い出がそのまま反響している、皆の夏休みがルートの違いなど関係なくどこかで繋がっている、そのように感じられる。そうして、その思い出は「夏休みを忘れた少女」と「夏休みを知らない少女」にしっかり届く。この構図はあまりに眩しい。

 「Pocket」のラストシーン、旅の果てに七海が差し出す未来の夏休みの思い出は本当に「夏休みの思い出」だった。普通はこういう場合、各ルートのハイライトを一枚絵と一緒に持ってきて回想する展開が鉄板だと思うのだが、「Pocket」で現れてくる思い出は他愛ない日常シーンの掛け合いなのだった。それは本当に楽しい予感で満ち溢れていて、同時に懐かしさも残っている。まさに「夏休み」をテーマにした『Summer Pockets』の極点だろう。一方で、これから消え去ろうとしているうみの運命も残酷すぎるくらいに際立っていて、うみとしろはが過ごす夏休みはもう二度と来ないのだと思うともう何か胸がいっぱいになって辛い。画面を直視できない程に。夏休みの楽しさと終わってしまう悲しみをここまで劇的に表現した作品を自分は知らない。

 そして、エピローグの余韻も最高であった。エピローグで初めて羽依里は本来の目的である蔵の整理に手を付ける。そう、ここでようやく蔵の出番である。恐らくプレイした人みなこの蔵の存在を忘れていたのではないか。だからこそ『Summer Pockets』のタイトルの意味合いが分かった時には思わず膝を打った。ラストシーンは劇的ではないが、新しいことが始まるようなそんな予感を持って幕を閉じる。「夏休み」の終わりに相応しい締め方に違いなかった。


・「夏休み」について

 『Summer Pockets』は「夏休み」をこれでもかという程描き切った作品だった。「夏」を描いた作品は多くあれど、「夏休み」のみに的を絞った作品は案外少ない。特に「夏休み」が単なる背景であったり時節であったりするのではなく、全体が「夏休み」と言える作品は更に稀だと思う。

 「夏休み」、やはり遊びまくるのが道理というもので、もはやシリーズ恒例となったミニゲームや小ネタがたくさん用意されている。ただ、そういったミニゲームは魅力的な反面、『リトルバスターズ!』の野球、『Rewrite』のマッピーなどだとシナリオの進行に不可欠であった為、途中作業になったりアクションが苦手だと素直に楽しめなかったりもろもろ問題があったように思う。しかし、『Summer Pockets』だとマップ選択式の為、やってもやらなくてもいい、という仕様になっている。人によっては天善とひたすら卓球でラリーを続ける夏になり、島にエロ本をバラまいて野生動物をゲットしファイトに打ち込む夏にもなり、シナリオが気になれば夢中で駆け抜ける夏になる。ミニゲームはやったらやったで楽しいし、やらなくても仲間とだべっているだけで楽しい、ひとり誰もいない所で奇行を繰り広げてもいい、そんな空気が非常に夏休みらしい。初期のインタビューを見ると参考にしたのが『ぼくのなつやすみ』シリーズとのことで、まさにそんな感じの夏休みが用意されていると言える。今までのミニゲームに対する要望などを反映した結果でもあろうが、それが「夏休み」の見事な表現になっていた。

 また、シナリオ面でも「夏休み」というテーマが一貫している。作品全体が「夏休み」に包まれて溶けていると言うべきか。先に書いたように「ALKA TALE」では個別ルートのそれぞれの夏休みがうみとの触れ合いの中で反映されていて、重なり合っていた。その時に感じたのは、選ぶことのできなかった無数の可能性を見てしまう寂しさというより、思い出を振り返って回想するような懐かしさだった。それは思うに、大きな「夏休み」の空気の下で皆が楽しく過ごしている、共通・個別・グランドの垣根など関係なく「夏休みをどうやって過ごすか」という意識が貫いているからだと思う。言葉にしにくいがおおよそそのように感じられた。

 さらに言うと、今作しろはの運命を救う鍵を握るのがまさに「夏休みの過ごし方」だった。そして、その奇跡は何か努力の果てに手に入るものというより最初の最初から提示されていたものというのが感慨深い。例えば鏡子さんが島へ逃げ出してきた羽依里に対して「蔵の手伝いはいいから夏休みを楽しんできたら」と言う時、その段階では気付かないだけでもう答えがあったと言える。やはり、『Summer Pockets』は最初から最後までぎっしり「夏休み」だったのだと思わずにいられない。まさに「夏休み」の結晶、シナリオ間の不和やすれ違いなどものともしない結晶であった。

 ここまで書いて『Summer Pockets』の「夏休み」は、『CLANNAD』の「町」に近いものではないかと思ったりした。それぞれの人生や物事の変化を孕んで大きく包み込むように存在するなにか。既に物語の舞台背景ではなく、物語自体になっているようななにか。ただ、「町」と異なり「夏休み」は時間的なものなので、一度終わってもまた巡ってくる。なので、エンディングを迎えてしまっても、新しい気持ちで夏休みを過ごすことが出来る。幸い、ミニゲームやレコードなどやり込み要素が多いので遊びつくすために何度も夏休みを過ごすことになろう。また、遊び疲れてしまったのなら、そっとポケットにしまって置いていくことも出来る。いつの日か『Summer Pockets』を思い出して遊びたくなって取り出した時、また懐かしい眩しさと共に「夏休み」は巡ってくるだろう。


・七つの海を超えて

 最後に、『Summer Pockets』と他のKeyゲームとの繋がりについて思うところを述べて締めたいと思う。色々感想などを見たところ、『Summer Pockets』は『AIR』より『CLANNAD』に近いという印象や、『Kanon』をプレイした時を思い出したという感想、『リトルバスターズ!』のような駆け抜ける青春劇だったという意見、いやあの母と娘の物語はやっぱり『AIR』だったのではという呟き、様々であった。かく言う自分は、『CLANNAD』を感じつつも、SF的なガジェットにKeyのテイストを盛り込んだという点では『Rewrite』も意識されてたのではないかと、取り留めなく思ったりした。だが、決定的にこれだと言うことが出来ない。そもそも、過去の『AIR』と比較して見てしまわないように身構えていたのではなかったか。

 『Summer Pockets』は過去のKeyのゲームやさらにこの周辺のジャンルに出てくるような展開をかなり意識的に散りばめているように思う。個別の紬や鴎ルートはその尤もたる例であるし、グランドルートも何度もかつて他の作品で見た光景を思い起こさせる。ただ、それはただ退屈や幻滅をもたらすものではなくて、懐かしさと一緒に新しさを感じさせるものだった。それがきっと『Summer Pockets』について語りたくなる大きな魅力の一つなのかもしれない。

 ここから少し自分語りにはなるが、お許しいただきたい。自分は小説や映画で思い入れの強いもの、過去自分の価値観に大きな影響を与えた作品などはあまり再読や再視聴しないタイプだと思っている。それはかつて夢中になっていたものを長い時間を経てから見て「あれこんなに面白くなかったかな」と幻滅したりするのが怖いからというのがある。Keyゲームだとやはり『Kanon』や『AIR』辺りはとても思い入れがあって、それ故にというべきか長い間再プレイして来なかった。当時を神格化し過ぎていたのかもしれない。『Summer Pockets』を『AIR』と比較したくないという身勝手な姿勢は恐らくそこから来ている。だが、『Summer Pockets』をプレイしていてそんな姿勢や気構えはいつの間にか消えていたし、気にしなくなっていた。進めていくうちに思い起こされる懐かしい展開、でも新しくて退屈させない展開、思いっきり楽しむ夏休みの姿勢に、今まで持っていた「幻滅したらどうしよう」といった不安や思い込みは馬鹿馬鹿しく思えてくる。のみならず、過去持っていた作品への思い入れも『Summer Pockets』という新しい光の下でまた別の顔を持って新鮮に蘇ってきた、とすら感じる。過去の経験を美化し過ぎるあまり素直にこれから起こる楽しいことやものに目を向けられなくなるのは、端的に言ってやはり不幸だろう。夏休みの過ごし方を通して、そのことを教えられた気がする。

 『Summer Pockets』はなにがしかの作品のオマージュやリビルドというよりは、プレイした人の思い入れによって切り取られるものが異なる性質の物語なのではないかと思う。『Summer Pockets』を過去作との関連で語ることは、例えば一筋の光をプリズムを使って七色の色彩に切り分けるみたいな行為に近いのではなかろうか。かつての思い入れは『Summer Pockets』を通して新しい色に生まれ変わる。そして新しい感慨を抱くだろう。無論、『Summer Pockets』が初めてのKeyゲームの人は自分のビビッと来たところから過去作へ遡ることが出来る。思い出と幻想・約束の物語ならば『Kanon』、千年の夏と母と娘の物語ならば『AIR』、一人の人生を超えた大きな繋がり・家族の物語ならば『CLANNAD』、友情と駆け抜け続ける青春であれば『リトルバスターズ!』、あり得なかったか細い絆が時空を超えて世界や運命を改変する物語ならば『Rewrite』、人生の意味を問い返させる物語ならば『Angel Beats!』、そこには見渡す限りの大海が広がっている。眩しさと共に自分の中で大切にしてきたものに新しい意味を与えてくれた『Summer Pockets』には感謝の念しかない。プレイ出来てよかった。


 素晴らしい夏休みをありがとう!

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